「父親の不在」と女たちの孤独:『母が重くてたまらない-墓守娘の嘆き』(信田さよ子)より

著者紹介

信田さよ子さんは、臨床心理士で、原宿カウンセリングセンターの所長さんです。1995年に同センターを設立以来、アルコール依存症、摂食障害、ドメスティック・バイオレンス、子どもの虐待などに悩む本人やその家族へのカウンセリングをされています。1990年代後半に「アダルトチルドレン(AC)」のことばを広められた一人でもあります。

「母娘関係」に悩む女性

この本で扱っているテーマは「母娘関係」に悩む女性のことです。とくに、タイトルからもわかるように、娘の側からの視点でこの問題を考えています。

《カウンセラーとして出会う母娘問題のほとんどが、娘の側からの訴えである。本書に登場する「母が重くてたまらない」と切実に感じている彼女たちは、母から離れたい、でも母を捨てるのはしのびない、という葛藤にさいなまれている。簡単に親を捨てることができれば、カウンセリングなど必要ないだろう。でも彼女たちの母親は、たぶん何も困ってはいないだろうし、娘の苦悩などに気づいていないだろう。》(p.88)

本書は全体で3つにわかれていて、「事例研究」「分析」「カウンセリング」について、くわしく教えてくれます。

【目次】

まえがき-「墓守は頼んだよ」の呪文
1 母が重くてたまらない-さまざまな事例から(p.21-93)
2 母とは一体誰なのか?(p.95-127)
3 迷宮からの脱出-問題解決の糸口(p.129-186)
あとがき
参照文献・参考資料

第1章:「事例研究」

信田さんは《「墓守娘の嘆き」などということばが本の題名になるなんて、今から四〇年前、私が二〇代前半だったころには想像もできないことだった。》(p.86)と時代の移り変わりに驚いています。その背景をこう分析しました。

《このことばがリアルな共感を呼ぶには、いくつかの社会的条件が必要だ。それは、母親の寿命が延びたこと、高学歴化により娘の結婚年齢が上ったこと、母親にそれなりの経済的豊かさがあること、娘が働いていること、しかも非正規雇用の人口が増大することで経済的には不安定な状態であること、少子化により一人娘が増えたこと、などだ。その結果、息子(長男)ではなく娘が母親の依存対象になり、同時におとなになった娘がいつまでも親に経済的に依存することが社会的に容認されるようになった。これらが社会的背景となっていることは間違いないだろう。》(同)

そうした母親に悩まされる娘の事例が、第1章でいくつか紹介されます。たとえば娘に自分の描く通りの人生を歩んでほしいと押し付けてくる母親について。

中学受験を控えたヒカルさんの母親は、いわゆる「お受験」に熱心なママです。幼いころから娘の勉強をサポートし続けてきました。中学受験の追い込み時期になると、塾で勉強する娘が終わって外に出るまで、寒い夜空の下で待っているほどだったとか。

《「ヒカルが寝る間も惜しんで勉強しているのにママが楽しているわけには行かないわ」。(中略)合格祈願のためにお茶断ちをし、毎日特別講座のために車で送り迎えをし、夜食をつくった。それも、栄養学的には完璧なメニューだった。父はそんな母を、ゴールを目指して疾走する競走馬を見るかのように、遠巻きに眺めていた。》(pp.23-4)

《A中学に合格すると、母はまるで自分の人生の絶頂であるかのように狂喜した。「ママはね、この日を待ってたの。すべてこの日のために我慢してきたのよ」。滂沱の涙を流しながら、凍えるような二月、曇天の空の下で、母はまるでオリンピックのマラソンでゴールしたような表情をしていた。ヒカルさんがどんな表情をしているかなど、母の眼中にはなかった。そうか、ゴールインしたのはママだったんだ。ヒカルさんはその時、何かが腑に落ちる気がした。》(p.25)

その後の母の努力もあってか、ヒカルさんは中高一貫校でトップクラスの成績を維持します。卒業後の進学先はT大学の法学部。誰もが知ってる名門大学です。しかし、そこを受験先に選んだのも母の助言から。

その後、数年経って、ヒカルさんは母親に抵抗します。初めてのことでした。司法試験を蹴ったのです。法曹の道は進まない、と強く宣言したのです。母をあきらめさせるのに1年もかかりました。

しかし、今度は国家公務員を受けろ、と言ってきます。ヒカルさんは願書を書きませんでした。すると、母親は泣きつき、まくし立ててきます。そして膨大な会社案内の資料をみせて説得してくるのです。そうやって何度も、自分のえらんだ人生のコースを、娘に強いてくるのでした。

虚脱感に襲われたヒカルさんは、けっきょく、母親の薦める大手企業をえらびます。しかも、母親に付き添われての就職活動で。現在、入社3年目を迎えるとか。いつになっても母の呪縛から逃れられそうにない。

《「ときどき、夜中に目が覚めるんです。そんなとき、ふっと母を殺したくなっちゃう自分がいて、それがこわくて……」》(p.30)

この話は、読んでいて怖くなります。

第2章:「分析」

どうして「母娘関係」が歪んでしまうのか。それにはどんな原因があるのか。第2章では「母親を徹底的に分析する」と題して、「母娘関係」を6つのタイプに分類します。その分類がこちらです。

1.独裁者としての母-従者としての娘
2.殉教者としての母-永遠の罪悪感にさいなまれる娘
3.同士としての母-絆から離脱不能な娘
4.騎手としての母-代理走者としての娘
5.嫉妬する母-芽を摘まれる娘
6.スポンサーとしての母-自立を奪われる娘

次は「母性神話がなぜ生まれたのか? どのようなプロセスで形成されてきたのか?」についてです。戦時中と高度成長期の社会背景をたどりながら分析します。「『母性』とは本能的なものではなく歴史的に作られてきたものにすぎない」と学ぶことで、このようないびつな「母娘関係」がなぜ生まれてきたのかを考えます。

もちろん、信田さんは大学の研究者ではないので、いくつかの本を参考にしての考察になります。ここの記述は学問的には批判があるかもしれません。その点は他の本で補完するとしかないですが、カウンセリングを受けに来る人たちにとって必要なのは「学問的に正しい知識」よりも「悩みが解消されるための説明」でしょう。

悩みについての原因を歴史や社会にもとめることで、その女性の背負う心理的な重みをやわらげることができます。あるいは、とらえどころのないモヤモヤを、明確なカタチにすることができます。これは一つの安心になるはずです。

第3章:「カウンセリング」

第3章は、カウンセラーとしての立場からです。《本章では、そんな私のカウンセリングにおける手の内、方法、秘訣といったものを述べてみたい。》(p.131)とあるように、教育プログラムやグループカウンセリングについてくわしく説明しています。

そして《主役の登場である。》と「母娘問題」の本丸に切り込みます。「父親の不在」です。つまり、問題の本質は母親と娘だけにあるのではないのだ、と信田さんはいいたいのです。

《しばしば、娘や息子に問題が生じた父親が、母親からの強い勧めでカウンセリングに訪れるのだが、多くの父親の態度に共通する特徴は「妻の態度の評論家」であることだ。娘や息子と妻との関係をチェックし評価する存在、たえず母子のシステムの外部に存在し、客観的で中立的にその問題を認識している存在であることをよしとしているのだ。
「僕から見ますとですね、女房のものの言い方がきついんですわ。もうちょっと柔らかい口調で話せば娘だってあんな反応をしないと思いますよ」と語る彼ら。
(中略)
「その場にいらしたんですか? ああ、そうですか。じゃ父親としてその二人にどんな態度をとられたんですか?」
と質問する。すると答えはとたんに曖昧になる。多くは何も言わずにいたというものだ。要するに妻と娘のあいだのできごとなので、自分はそれを黙って見ていたということだ。
(中略)
驚くのは、彼らが自覚的に逃げているわけではないということだ。ことばによる表現方法が、傍観者であることの自覚もない。まるで、職場の会議での業務報告と同じ態度で語っているだけなのだ。おそらく、それ以外の語り口を知らないのではないのだろうか。》(p.151-153)

このように、家族のことに積極的に関わろうとしない父親がいます。まさに彼らが「自分の問題」として母と娘に歩み寄らなければいけません。信田さんは、父親たちにこう呼びかけます。

《想像もできないほど母を重いと感じているあなたの娘(息子)は、きっとあなたが母(妻)を支えてくれることで、これまでより生きやすくなるはずだ。それほどまでに、あなたたちの行動は、家族に大きな変化を生じさせると思う。》(p.165)

さいごに、娘じしんの自覚も大切だ、と強調します。母親への怒りを受け入れ、同じ境遇にいる仲間をつくり、もっときらくにカウンセリングに行くことも勧めています。自分の感情を抑え続けていてははだめで、少しでも心が楽になるように行動し、母親に「NO」を突きつけるとも必要であるとと諭します。

男性も必読

この本は、母娘関係に悩む女性たちだけでなく、男性も読むといいでしょう。もしかすると「自分の事が書かれている」と感じるかも知れません。いままで気付かなかった、いろいろなことを発見できるとおもいます。

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