グレゴリー・ペレルマンとポアンカレ予想に挑戦した20世紀数学者たちの栄光と挫折: 『100年の難問はなぜ解けたのか ~天才数学者の光と影』(春日真人)より

本の元になったのは、2007年10月22日放送のNHKスペシャル「100年の難問はなぜ解けたのか 天才数学者 失踪の謎」です。

「NHKスペシャル 100年の難問はなぜ解けたのか~天才数学者 疾走の謎~」

この放送を見てからずっと気になっていました。DVDでは2007年の放送の拡大版が発売されています。

こちらはNHKオンデマンドで視聴することもできます(単品210円)。

「ポアンカレ予想・100年の格闘 ~数学者はキノコ狩りの夢を見る~」

「NHKオンデマンド | ハイビジョン特集 数学者はキノコ狩りの夢を見る ~ポアンカレ予想・100年の格闘~」(2007年放送の拡大版)

数学がわからなくてもおもしろい

すごくおもしろい本です。それに数式がほとんどでてきません。この本にでてくる数式は、せいぜい「リッチフロー方程式」くらいです。それはこんな数式です。

リッチフロー方程式

よくわかりませんね。

《この方程式の意味は、「宇宙の形に何らかの変化要因を加え、時間(t)を経過させれば、複雑な形の宇宙は最終的にキレイな形に変化する」というもの》(p.216)

だそうです。わたしは素人なので解説はできません。これが物理学でつかわれる「熱方程式」と本質的に同じらしいのですが、そのことについてもさっぱりです。そういう数式だらけの本なら、きっと読み通すことはできませんでした。

この本は、いわば「ポアンカレ予想」を軸にした20世紀数学者たちの栄光と挫折の物語です。この著者のすぐれた視点は、はじまりから終わりまで「わたしは数学の素人だからわからない」という立場で執筆しているところです。経歴に東京大学理学系研究科相関理化学修了とあって、詳しく書こうとおもえば、数学の素養のある読者を対象にできるはずなのにしていません。あくまでヒューマンドラマに絞っていくことで、数学の難問に人生をかけて奮闘する数学者たちの姿が、浮き彫りになっています。

大学で学ぶ本格的な数学に親しんでいる人には、ちょっと物足りないかもしれません。

ペレリマンの見識の広さ、深さ

グリゴリー・ヤコヴレヴィチ・ペレリマン(ригорий Яковлевич Перельман, 1966 -)はサンクトペテルブルク出身の数学者で、専門は微分幾何学・大域解析学・数理物理学です。

どんなことをやっているのかさえイメージできませんが、気にしなくてもかまいません。ここでは、「ペレリマンがそれだけ幅広い知識と技能を深くしっかりと身につけていた」ということを理解すれば十分です。ペレリマンの論文を査読した一人であるブルース・クライナー博士はこういいます。

《「数学において、ほとんどの人はふたつ以上の分野で重要な貢献をすることはできません。時間がかかるだけでなく、ふたつ以上の分野を習得するには、新しい考え方を一から再構築する必要があるからです。(中略)ペレリマンのようにかけ離れたことを同時におこなう能力を持ち、かつそれが非常に高いレベルであることは、とても稀なことなのです」》(p.223-224)

神童と謳われた旧ソ連時代

ペレリマンの神童ぶりは目をみはるものでした。

1982年にソ連時代のロシア国内でおこなわれた数学コンクールでは難なく勝ちすすみ、最年少の16歳で国際数学オリンピオックの出場権を獲得します。出場した各国の子どもたちと比べても、問題を解くスピードが群を抜き、解答も驚くほど簡潔でした。

かれは満点の42点をとり、個人部門では金メダルを獲得します。

アメリカで微分幾何学の分野に偉大な業績を残す

1989年のソ連崩壊から3年後に渡米、新天地で研究を深めます。

ここでも、すぐれた業績をつぎつぎと発表してゆきました。微分幾何学の一つである「アレクサンドロフ空間」でたいへんな業績をのこします。専門的には、アレクサンドロフ空間の構造論を共同研究で構築し、リーマン多様体の安定性定理をあたえ、さらにはグロモフ予想や、20年以上も解決がされなかったソウル予想にも答をだしました。

ここらあたりの詳細は、専門家でないわたしには、ちんぷんかんぷんです。とにかく、一流の数学者たちのあいだでも、ペレリマンは一目を置く存在になっていたということです。やがて、この分野の研究者たちは、こう噂するようになります。

《「ペレリマンは、間違えない」》(p.187)

この言葉だけでも、どれだけの評価を得ていたのかがわかりますね。

再びサンクトペテルブルグへ

かれは1995年に米国をはなれ、サンクトペテルブルグにもどります。

帰国直前のかれは研究室に閉じこもりがちになり、いままで笑顔で話しかけていた仲間との数学的談義にも参加しなくなってしまいました。仲間たちのあいだでは、「かれは何か新しい数学上の難問に取り組んでいるのかもしれない」という憶測もありましたが、胸の内はだれもわかりません。

かれはステクロフ数学研究所に勤務すると、わき目もふらずに研究に没頭します。人付き合いを極力避けて、共同作業などの必要があるとき以外は、研究所にも顔をださなくなりました。

クレイ研究所の「ミレニアム懸賞問題」

20世紀のさいごの年、アメリカにあるクレイ研究所が世界に向けて「ミレニアム懸賞問題」を発表します。2000年5月24日のことです。

これは、数学上の7つの未解決問題を証明した者に100万ドルの賞金を与える、と約束したものです。その一つが「ポアンカレ予想」になります。多くの数学者が「わたしが証明した!」と名乗りをあげ、そのことごとくに欠陥がみつかりました。やはり「ポアンカレ予想」は一筋縄ではいきません。

やがて誰かが「今度こそ証明を完成した」と主張すれば「やれやれ、またか…」という空気が漂うまでになりました。

「インターネット上にポアンカレ予想の証明がある」という噂

そんな中、2002年の秋ごろに「インターネット上にポアンカレ予想の証明がある」という噂が流れます。はじめはだれも本気にしませんでした。

しかし、やがてこの証明がペレリマンのものであることがわかり、審査に値するものだということがわかりました。それならば話は別です。すぐに一流の数学者たちが集められました。

論文の査読は3つのグループに分かれておこなわれました。それは、かれの論文がきわめて簡潔で、証明の細部を省略し、さらにはいくつかの分野にまたがった概念や道具をつかっていたためです。いちばんの驚きはトポロジーによってこそ解決可能だと信じられていた「ポアンカレ予想」の証明に、ペレリマンは微分幾何学と数理物理学を使用していたことでした。

2003年4月のペレリマンの大学での証明の解説をきいた一人はこういいます。

《「それまでポアンカレ予想に取りくんできた数学者は、証明が終わってしまったと落胆し、トポロジーの手法が使われなかったことに落胆し、さらに証明が理解できないと落胆しました。トポロジーの専門家たちは『ああ、ついにポアンカレ予想が証明されてしまった。でも、自分にはその証明がまったく理解できない。誰か助けてくれ』という感じだったのです」(ジョン・モーガン博士)》(p.208-209)

検証作業はひどく難航しましたが、2006年5月から7月にかけて、ようやく「かれの証明は正しい」という報告が出そろいます。ついに「ポアンカレ予想」は解決されたのです。

授賞式にペレルマンの姿はなかった

2010年3月18日、クレイ数学研究所はペレルマンが「ポアンカレ予想」を解決したと認定します。しかし、同年6月8日の授賞式、かれは姿をあらわしませんでした。

その謎を追う形で、この本の取材がはじまります。

本の構成など

この本の構成は、章のはじまりにごと、取材班がロシアで行ったペレリマンの調査やかれの経歴を説明するところからはじまります。

そこから「ポアンカレ予想」を提示したジュール=アンリ・ポアンカレ(Jules-Henri Poincaré, 1854 – 1912)の経歴を語り、かれの創始した位相幾何学(トポロジー)の考え方について説明をしてゆきます。

一本のロープと地球儀をつかったヴァレンティン・ポエナル(Valentin Poénaru, 1932 – )博士による「ポアンカレ予想」の特別授業は直感的で、すごくイメージがしやすいものです。スティーブン・スメール(Stephen Smale, 1930 – )博士のインタビューでは、数学者が「n次元」を考える意義について語られています。ウィリアム・サーストン(William Paul Thurston, 1946 – )博士は、スケッチブックとナイフとハサミ、それから冷蔵庫のりんごを庭にもちだして、葉っぱやりんごの皮を切りとり、「双曲幾何」のアイデアを熱心に話します。どの教授も、すぐれた研究者の一人です。

このような解説のあいだに入るかたちで、「ポアンカレ予想」に挑戦した数学者たちの喜びと苦悩のエピソードが語られていきます。

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