結婚や葬式の近代史:『冠婚葬祭のひみつ』(斎藤美奈子)より

《冠婚葬祭の本を書いているというと、知り合いはみな「ええ、なんで?」といった。彼ら彼女らは、たぶん勘違いしたのである。「まさか、あなたがマナーを指導する気?」と。んなわけないでしょう。私だって自分の分ぐらいはわきまえている。
ただ、お作法の先生がすべてを牛耳っているようなやり方でいいのだろうか、そんな疑問があったのも事実である。冠婚葬祭マニュアルが人々の行動規範になっているのだとしたら、冠婚葬祭マニュアル自体も批評の対象になっていいはずだ、と。》(p.223「あとがき」より)

著者紹介

斎藤美奈子(1956年 – )さんは、編集者を経て、書き下ろしの『妊娠小説』(1994年)で文藝評論家としてデビューしました。以後、『紅一点論』『読者は踊る』『モダンガール論』など、文学作品から社会事象までを広くあつかった評論活動をされています。『文章読本さん江』(筑摩書房)は、2002年に第1回小林秀雄賞を受賞しています。

「冠婚葬祭」について

「冠婚葬祭」で検索すると、本屋でもネットでも、数えきれないくらいの本があります。《本書の目的は、第一に、そうした冠婚葬祭をめぐる情報の森にとりあえず分け入って、冠婚葬祭の過去と現在を俯瞰すること。第二に、以上をふまえた上で、現代にふさわしい冠婚葬祭への対処の仕方を考えること》(「はじめに」p.i)です。

いちおう「冠婚葬祭」について、かんたんに書いておきます。

  • 「冠」:もとは元服で、いわば成人の儀式。現在のマニュアルでは、誕生から成人までの成長の行事を多く含めている。
  • 「婚」:結婚式(慶事)。
  • 「葬」:葬式(弔事)。
  • 「祭」:先祖への祭祀のことで、3回忌やお彼岸など。正月から大晦日までの年中行事を指すことが多い。

本書は、3部にわかれ、まず第1章で冠婚葬祭の近現代史があり、それから第2章で結婚、第3章で葬儀の現代事情が披露されます。フェミニズム系の論客らしく、これからの男女平等社会のありかたについての提言も、ところどころで述べています。

「結婚」の近現代史

たとえば結婚について「第1章 冠婚葬祭の百年」をみてみましょう。時代の画期となるのは、1900年と1960年と1990年です。おもしろいのは、その3つともロイヤルウェディングに絡んでいることです。

近世の武家で普及していた「小笠原流礼法」が、明治の文明開化とともに簡略化され、「自宅結婚式」が流行します。それから1900年(明治33年)5月10日の皇太子嘉仁(大正天皇)と九条節子(貞明皇后)の婚礼を機に、今日〈伝統的なスタイル〉と呼ばれる「神前結婚式」がはじまりました。ここでのポイントは「『一夫多妻制』から『一夫一婦制』へ」です。婚姻関係の新しい変化について皇室が模範を示した、ということです。

続いて、戦後の高度成長期。

1958年(昭和33年)11月27日、皇室会議は皇太子明仁親王(現天皇)と正田美智子(現皇后)の婚約を発表し、それから全国はミッチーブームに沸き立ちます。皇后に選ばれたのは民間のお嬢さんで、しかも「軽井沢の恋」といわれるように恋愛結婚でした。婚儀でのパレードはテレビ中継されます。その後、夫婦そろっての皇室外交と、子育てを自分たちでするといった、戦後民主主義的なイメージを体現していきます。《高度成長期の結婚式は披露宴部分をショーアップすることで「見せる結婚式」としての発達をとげ》(p.58)ました。

そして高度消費社会を経て、昭和が終わりを迎えます。

1990年(平成2年)6月2日には礼宮文仁親王(現秋篠宮)と川嶋紀子の婚儀、1993年(平成3年)6月9日の皇太子徳仁親王と小和田雅子の婚儀が行われました。ここで注目は、弟が兄より先に結婚し、その相手は大学の後輩であること、兄は33歳まで独身で、結婚相手は外務省勤務のキャリア女性である、というように《「家」から「個」へと力点が移っていることが、そこには見てとれ》(p.93)ます。

このあいだに「冠婚葬祭マニュアル」の広まりが重要な契機をなし、現代のわたしたちが当たりまえに受け入れている「しきたり」や「作法」といった「なんだかよくわからないけれども、これにしたがわないといけないもの」が定着します。斎藤さんは、その歴史を暴いていきます。その手法は膨大な情報を収集して、調査し、わかりやすく分析していますが、堅苦しい論文調ではありません。

「葬儀」の100年

たとえば葬式については、こんなふうに書いてます。

《ちなみになぜ通夜をするかというと、(これには諸説あるのだが)ほんとに死んだかどうかを確かめるためだったらしい。昔のこの判定基準はあいまいですから。もしかしたら生き返るかもしれないじゃん、というわけである。》(p.4)

《告別式のルーツもほぼ特定されている。一九〇一年(明治三四年)一二月一七日に行われた、思想家中江兆民(本名篤介)の葬儀である。享年五五。無神論者だった兆民は、大げさな葬列を組んで練り歩く仏式の葬式を好まず、遺体は解剖の後、すぐ火葬するようにと遺言した。そのため遺族と友人、弟子らが相談し「告別式」の名で、今でいう「お別れ会」みたいなものを青山斎場で開いたのである。》(p.8)

《沖縄地方ではほんの最近まで行われていた「洗骨」も古い時代の風習である。棺桶のまま遺体を何年か放置し、白骨化したころに、残った皮膚や肉を手で洗い落とし、改めて骨壷に納めて墓に入れる。骨を洗うのは近親の女性の仕事だった。そのため沖縄の戦後の女性解放運動が火葬場の設置要求運動からはじまった、というのは有名な話。》(p.24)

《葬式もまた劇場型に変わった。高度成長期の中心は自宅葬だった。自宅で通夜・葬儀・告別式を行い、寺院での葬儀は省略して、霊柩車で火葬場へ直行する。/自宅葬の中心的なイベントは一般会葬者が焼香する告別式だ。それを景気に主役の座を射とめたのは祭壇である。一九六〇年代後半から、祭壇はしだいに大衆化、奢侈化していくのである。》(p.59)

《明治の文豪は互いに戒名をつけあったというのは有名な話。現代でも、たとえば作家の山田風太郎の戒名は、自分でつけた「風々院風々風々居士」である。》。歌舞伎役者の六代目尾上菊五郎(1885年8月26日-1949年7月10日)は最低ランクの戒名でいいと頑張り「菊五郎居士」とあるだけである。(p.167-168)

《世の中には「オレの理想は野垂れ死にだから」みたいな願望を口にする人が、意外に多い。》。しかし、発見された遺体は警察と役所の人間が対応しなければならない。書類を書き、保管し、縁故者を探し、どうやって処分するのか。タダではない。思ったより面倒なのだ。《「野垂れ死に」を避けるには、万一の事故に備えて身元が確認できるものを身につけておくことが必要だろう。それでも「野垂れ死に」したい? それならせめて火葬費用相当の現金(二〇万円くらいね)をポケットに入れて死になはれ。》(p.172-173)

現代の「結婚」と「葬儀」

「第2章 いまどきの結婚」と「第3章 葬送のこれから」では、現代の結婚や葬儀では「どれくらいの金額がかかるか」(平均は結婚費用に500万円・葬儀費用に300万)、「どんなやり方のバリエーションがあるか」(海外婚やリゾート婚・散骨葬や納骨堂など)を雑誌調査や業界の話題から調べています。ここにはビジネスの視点からの分析、ゴシップ的な話題がたくさんあって、読み物としてもおもしろいです。

「結婚」と「葬式」を知るための1冊目に

ばくぜんと「結婚したい」と考えている若い人や、「そろそろ葬式のことも考えないとなあ」と考えている方が本書を読むと、いい勉強になるはずです。

もうすこし階層や地域によっての分布がくわしく調査されれば、もっとおもしろい有意義な研究になると思います。現場で働いている人たちや、経営をされている方からの、インタビューの方面から掘り下げることもできそうですね。

読みやすく、知らないことがいっぱい書いてある、たのしい本です。

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