子どもたちの「なぜ?」「なに?」に答えてくれる世界史読本:『若い読者のための世界史』(E・H・コンブリッチ)より

《 イルゼに
「きみはいつも耳をかたむけてくれたね
そのとおり書くよ」
ウィーンにて、一九三五年一〇月  ロンドンにて、一九八五年九月》

呼びかけられている少女がだれなのかはわかりません。それは著者の幼い妹なのかもしれないし、知り合いの女の子なのかもしれません。いずれにしろ、歴史をまだくわしく学んでいない相手に、やさしく、丁寧に語りかけます。人類のはじまりから第一次大戦後までを、ゆっくりとした流れで教えてくれます。

中高生の世界史の副読本としておすすめですが、学校で習ったことは忘れてしまったけれど「もういちど世界史の流れを知りたい」と考えている人にも、ちょうどいいです。

著者紹介

エルンスト・ハンス・ヨーゼフ・ゴンブリッチ(Sir Ernst Hans Josef Gombrich)は、オーストリア系ユダヤ人の美術史家で、1909年3月30日に生まれました。1928年から1933年にかけてウィーン大学で美術史と古典考古学を修め、1935年にこの本の初版を刊行します。まだ当時25歳でした。1936年の第2次大戦勃発のまえにイギリスに渡り、そこでBBC傍受部に所属してドイツ放送の情報を英訳し、イギリス軍に協力します。戦後は、ロンドン大学付属研究施設であるウォーバーグ研究所に身を置いて、所長ならびに教授として、研究と教育に従事します。2001年11月3日、92歳で他界しています。

原書はドイツ語で書かれ、すでに5ヶ国語に翻訳されています。また『美術の物語(The Story of Art)』の評価も高く、1950年の発売いらい、これまで16版を重ね、35カ国語に翻訳されているようです(Amazonより)。

キリスト教のはじまり

ユリウス・カエサルは、英語読みでは「ジュリアス・シーザー」です。シェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』(福田恆存訳/新潮文庫)で、《おれはシーザーを愛さぬのではなく、ローマを愛したのである。》(p.77)とブルータスに殺された、あのカエサルです。その甥であり、養子ともなったカエサル・オクタヴィアヌス・アウグストゥスは、ローマ帝国最初の皇帝でした。

その在位中の、紀元前27年から紀元後14年のあいだに、キリスト教は誕生します。イエスは、はじめはユダヤ教徒として洗礼を受け、その改革者としてキリスト教をおこしました。

ところで、「イエス」という名は当時よくあった平凡な名前にすぎません。日本でいえば「タロウ」や「タケシ」みたいなものです。「キリスト」というのは人の名ではなく、「わたしはイエスを救世主とする」という信仰告白だと同志社大学神学部出身のノンフィクション作家・佐藤優さんは言っていました。

キリスト教で大切なのは、父なる神の「恩寵」です。コンブリッチはイルゼに語りかけます。

《恩寵とは何か、きみは知っているね。そう、「ゆるし、あたえる神の偉大な愛」のことだ。そしてわたしたちは、父である神がわたしたちを愛するように、隣にいる人を愛さなければならない。》(p.121)

この考え方は、当時のローマ市民には異質なものでした。彼らは「恩寵」より「正義」を重んじたからです。イエスの教えが広まるについれて、教団は危険視されていきます。イエスは「ユダヤ人の王」になろうとしているのではないか、いつしかローマに害をなす存在となるのではないか。やがてイエスは捕らえられました。

役人ピラトのもとで訴えられたイエスは、謀反人として十字架にかけられます。ここは日本人がなんとなく見過ごしがちな点です。どうして十字架にかけられたのでしょう。さっさと処刑にすればよかったのではないでしょうか。「見せしめ」として目立つからだけではありません。

《このおそろしい刑罰は、ただ奴隷、強盗、征服された敵だけに行われたものであった。途方もない辱めであった。(中略)十字架は、絞首刑よりけがらわしいものであった。》(p.122)

つまり、「十字架にかけられる刑罰」というのは「死によってその罪を償う」以上の刑罰だったわけです。ただ「死ねばゆるされる罪」ではなく「『正義』を最も重んずるローマ人にとって、けがらわしくも、いやしい、よごれた重罪人として死んでいく罰」をイエスにあたえたわけですね。

《もういちど、いっしょによく考えてみよう。ローマの役人、あるいは兵士、あるいは、知恵や知識、芸術や雄弁術をほこるギリシアの教養を身につけただれかが、偉大な説教者、たとえば使徒パウルス(パウロ)が、アテナイ(アテネ)あるいはローマでキリストの教えについて語るのを聞いたら、はたしてどう思っただろうか。》(p.122)

パウロは『コリント人への第一の手紙』第13章で「愛」について説きました。《愛はいつまでも絶えることがない。》と。

《パウルスがこう説いたならば、なによりも正義をおもんじるローマの貴人は、頭をふったことだろう。しかし、貧しいひとや悩んでいるひとは、そこに何か新しいものを感じとったにちがいない。正義よりもたいせつな神の恩寵の知らせ、偉大なる「善き知らせ」を。「善き知らせ」、あるいは「よろこばしい知らせ」とは、ギリシア語のエウ-アンゲリオン、ラテン語でエヴァンゲリウムのことなのだ。》(p.123)

ギリシャ語の「よい」の意の接頭辞「εὐ-」(ラテン語では[eu-])と、「知らせをもってくる」の意の「αγγέλιον」([-angelion])があわさって、「εὐαγγέλιον」([euangelion])になります。英語に直訳すれば「good news」です。「善き知らせ=福音」を得た人びとは、口伝えで、着実に、その教えに共感し、また身近な人に語りかけ、信徒をふやしていきました。

ここでは「なぜイエスは十字架にかけられたのか」「なぜローマではキリスト教徒を危険視したのか」「なぜ貧しい者や身分の低い者にキリスト教が受け入れられたのか」などがよく理解できました。

ちなみに、アニメの『新世紀エヴァンゲリオン』のタイトルも「エウ-アンゲリオン=福音(Evangelion, エヴァンゲリオン)」からとっているわけですね。

1935年当時のオーストリア系ユダヤ人から見た「日本」はこんなものだった

1933年にナチス・ドイツが内閣。1934年にヒトラーは「総統」になりました。その翌年の1935年に、この本の初版が出版されています。日本では「天皇機関説」で沸き立っていましす。青年コンブリッチの目には「日本」がどうに見えていたのでしょうか。

《このころ、島国日本でも、似たような状況が起ころうとしていた。当時の日本は、中世のヨーロッパに似ていてた。ひとつのとくに高貴な家系、天皇、あるいはミカドが、メロヴィング朝の王たちの上に立つカルル大帝の祖先のように、すべての上に立っていた。日本人は、何百年も前から、絵を描くこと、家を建てること、詩を作ることを中国からまなび、またみずからも、すぐれた多くのものをつくり出していた。しかし日本は、中国のように広大で平和でおだやかな国ではなかった。さまざまな地方や島々の有力な領主が、騎士に似た名誉をかけて、たがいに戦いをつづけていた。しかしどうすれば、それが実現できるか。その唯一の方法は、天皇、一日に数時間玉座につくことを日課とする、そのころ無力な人形であったミカドが、彼らをたすけることであった。そして弱小の領主たちは、天皇の名のもとで、国土の強力な所有者に戦いをいどんだ。彼らは天皇に、彼がはるかなむかしにもっていたとされる力をふたたびあたえようとしたのだ。》(p.318)

ここで、中国や天皇や武士たちについての事実認識がまちがってると批判しても仕方がありません。それより、コンブリッチの「日本」観に注目です。そのころのウィーンにいた、しかも歴史を専門に学んでいる優秀な青年ですら、「日本」についてはこの程度の認識だったんですね。

50年後に補筆・改訂

さいごに「五〇年後のあとがき ――そのあいだに私が体験したこと、学んだこと」が追加されています。この最後の章で、この50年をふり返って、自分の未来への見通しが甘かったことと、さらなる「よりよい未来」への期待を述べていました。

コンブリッチがこの本の初版を書き上げたころ、すでにナチス・ドイツの驚異がウィーンにまで迫っています。ユダヤ人にとって、ナチス・ドイツの侵攻は他人事ではありません。「ゲルマン民族であること」を誇るドイツ人はナチスに熱狂し、「愛国心」を掲げ、ユダヤ人を排斥しました。コンブリッチはある仏教徒のことばを引用します。

《私は、ひとりの老いた賢明な仏教徒の僧侶を知っています。彼は民衆に向かって問いかけました。あなたたちは、もしだれかが自分自身について「私は世界でもっとも賢い、もっとも強い、もっとも勇気のある、もっとも才能ある人間である」といったら、例外なく不愉快になり、その人間を笑うであろう。しかし同じあななたたちが、その人が「私」を「私たち」にかえ、「私たちは世界でもっとも賢い、もっとも強い、もっとも勇気のある、もっとも才能ある人間である」といったら、感激の拍手喝采をおくり、彼を愛国者と呼ぶのはなぜなのかと。》(p.351-352)

このことは現代の日本でも忘れてはならない、たいせつな問いかけですね。

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